大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和40年(オ)564号 判決

上告人

八戸鋼業株式会社

右代表者

沼田吉雄

右訴訟代理人

竹内桃太郎

渡辺修

被上告人

柳久保勝男

右訴訟代理人

斎藤忠昭

主文

原判決中上告人敗訴の部分を破棄する。

前項の部分につき、本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人竹内桃太郎、同渡辺修の上告理由について。

原審の認定、判示したところによれば、被上告人は、上告人会社の従業員であつたところ、昭和三六年一月三〇日、当日被上告人らとともに二番方の勤務に服することになつていた原計次郎が途中組合大会に出席して勤務につかなかつたにもかかわらず、同人の出勤表にタイム・レコーダーで退出時刻を打刻し、あたかも同人が終日勤務に服したかのような記載を作出したが、被上告人の右の不正打刻は、上告人会社の就業規則二三条八号の不都合な行為に該当はするが、「ふとしたはずみで、偶発的になされたものと認めることができる」ので、これに対し上告人会社が同条所定の懲戒手段のうち最も重い懲戒解雇を選択して被上告人を同処分に付したことは、懲戒権の濫用であると判断し、被上告人の本訴請求を認容しているのである。

しかし、他方、原審は、上告人会社が本件懲戒解雇をなすにいたつた事情として、上告人会社では、もと従業員の出勤、退出につき、現場の長が逐一これを出勤表に記入することにしていたが、ともすれば不正確となり、従業員の間に苦情、不満があつたので、かかる弊害をなくするため、昭和三五年四月一日、タイム・レコーダーを備え付け、一か月の準備期間を置いて従業員がその使用に習熟するのをまつて、同年六月一日から本格的な実施に入つたこと、ところが、その後間もなく、他人の出勤表に不正打刻をする者が現われるようになり、会社としては、出勤表打刻の時刻が給料算定の基礎となるところから、事態を重視し、かかる不正行為の絶滅を期せんとして、同年六月一九日総務部長名をもつて、「出社せずして記録を同僚に依頼する如き不正ありし場合は依頼した者共に解雇する。」との告示を掲示し、その旨を従業員全員に周知徹底させていたこと、被上告人は、右の警告を熟知していたにもかかわらず、あえてこれを無視し、前記不正打刻に及んだことを確定している。しからば、このような事実関係の下においては、被上告人の右不正打刻をもつて、ふとしたはずみで偶発的になされたものであるとする原審の前記認定は、極めて合理性に乏しく、他にこれを納得し得るに足る特段の事情の存しない限り、右一事をもつて、直ちに本件懲戒解雇が懲戒権の濫用にわたるものとはなし得ないといわなければならない。

されば、原判決は審理不尽、理由不備の違法をおかし、ひいては権利濫用の法理の適用を誤つたものであり、この点の違法を攻撃する論旨は、理由があり、その余の論旨についての判断をまつまでもなく原判決中上告人敗訴の部分を破棄し、さらに、前示の点について審理を尽くさせるため、右部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。(入江俊郎 長部謹吾 岩田誠 大隅健一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例